思い出の昭和、そして上月町
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(第57話)分解写真

<<2007.11.24記>>
最近は相撲というものをまったく観なくなってしまった。一番よく観ていたのは大学生であったころであったろうと思う。 その相撲を観るというのもテレビでの話であって、生のものは観た事がない。しかも出かけていってまで見るというほどのファンでもなかったのも事実だ。
また、同郷の友人Yのいう事には、われわれがちょっと観てみよかなどといって、気楽にチケットは買えないらしい。(ノー天気な私と違って彼はそういった社会のことをよく知っているのだ) 私が大学生であったころは先代の貴ノ花の人気が絶頂だったころだ。Yがいう事には、あの負けそうで負けない、勝ちそうで勝たない、でも華がある・・といっていたので、なるほど、そうか・・・うんうん、などとノー天気な私はその評論に納得しながら観ていた。
また龍野市(現たつの市)出身であった播竜山という関取がいたことも、熱心に相撲中継をみていたおおきな理由であった。最終的には小結まで昇進した人です。
それから数年後、私が就職したたつの市にある会社に、その播竜山のお父さんが、結婚写真を持ってきはったのをみた。
では今、なぜ私が相撲中継に興味を示さなくなったか?というのは本題からはずれますので、ここでは言いますまい。
本題はここからです。昭和30年代後半になってから我が家にもテレビというものが入ってきた・・・という話は何回も登場しています。その当時の白黒テレビで私の祖父は相撲中継をみるのが大好きだった。
娯楽のない時代ですから、テレビというもので相撲が観れるというのは至上の喜びであっただろうということは十分に想像できます。
さて、そのころの放送設備、技術的に言っても今のようにすぐにスローモーションでREPLAYする・・・ということは無理であったからでしょうか、分解写真なる用語のREPLAYがありました。
注目の取り組みの後、しばらくしてから「今の取り組みを分解写真で見てみましょう」というアナウンスの後、この分解写真なるものが始まるのです。
カクカクとした、今から考えるとむちゃくちゃ笑えるような、それこそ秒間2コマか?と思わせるような実写アニメのような動きで見せてくれるのです。
嘘を書いちゃいけないと思い、wikipediaで確認しますと、この分解写真というの大相撲中継をしていたころの民放、日本テレビの技術であったように書いてあります。
ですから、当時私が観ていたその分解写真はその民放系での中継でみたのか、NHKで観たのかがちょっとわからないです。
私が住んでいた(現在も住んでいます)のは西播磨の山中の小さな町でした。当時のVHF放送しかない時代は在阪民放は観ることができませんでした。なんとか見られたのはNHK教育岡山(3CH)、NHK総合岡山(5CH)西日本放送(9CH)、山陽放送(11CH)のみでしたから、当時、この民放2局のいずれかが日本テレビ系のネットに入っていたのならば民放だったかもしれません。が、しかしNHKを観ていたような気がするのだけど・・・・
さて、こういった動きを当時の少年たちが真似をせずにおれないのは明白(?)です。
友達とたたみの上での相撲ごっこ(?)で一番が終わるたびに「今の取り組みを分解写真で見てみましょう」とか言って、二人でカクカクとした動作をしながら、再現して遊ぶのです。
倒れこむときのカクカク動作は結構しんどいもの・・・というより出来ません。(笑)
そういえば子供のころはこのカクカク分解写真とか、プロレスごっこ(?)というのはよくやった遊びでありました。
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