思い出の昭和、そして上月町
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(第8話)上月市(こうづきいち)

こどものころの二学期終業式のあとの楽しみはクリスマスではなくて、上月市でした。終業式は確か12月23日だったような気がしますがちがったかな?昭和40年前後の話です。間違えていたらご指摘ください。修正します。
で、その翌日が上月市だったような気がするのです。もしかしたら一日後ろにずれているかも知れません。
さて、その上月市のにぎやかだった事にぎやかだった事。たいやき屋、当てモン屋、瀬戸物屋、おもちゃ屋、道具屋などなどが、現在の上月駐在所があるあたり(岡本クリーニング近辺)から、ずーっと駅前を過ぎた辺りまで店開きしていました。後年、交通事情のせいもあったでしょう、メインストリートから少し離れたところで市が開かれましたが、そのうち無くなってしまいました。人口はどんどん減っていくし・・・とかの理由があったかもしれません。
私はよくK君と行ったものでした。もちろんもっと幼かった頃は母親と行ったものです。冒頭にも書きましたが、当時クリスマスなんていうものは現在ほどの人気ではなかったと思うのです。といいながら曲がりなりにも何を思ったか、朝起きるとお菓子が入った長靴が枕元に置かれていたことが一回、アイスクリームでできたデコレーションケーキ(というのも変な言い方ですが)を買ってもらったこと一回ということくらいはありましたけどね。まあ、思いつきで買ってくれたようなものでした。それよりも当時幼かった私たちは「上月市」が楽しみだったのです。
さてさて、その日もご多分にもれず上月市に行こうと思っていたとき、姉が「帰りにたいやきを買ってきてくれ」と私に言いました。
その後付け加えた一言が凄い。
「ええか、鼻水を啜り上げながら焼いているおっちゃんとこでは買わんといてや」
そうです、以前から、私も見ていた真冬の様子は、姉もきっちりとチェックが入っていたみたいです(^^;
<<2005.07.31記>>
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